杉原千畝と武士道


 
     

    杉原千畝が第2次世界大戦中にとった行為は、現代において、多くの日本人が見失ってしまっているものを思い起こさせ、日本人的精神の本来のあり方に強い光をあてるものです。

日本人が大切に抱いてきた精神とはどのようなものだったのでしょうか? 簡単にいえば、江戸時代において、忠臣蔵に見られたような、義、勇、礼、仁などを大切にした精神のあり方です。 義を愛し、謙虚さ、礼や仁(他を愛すること)を重んじる精神性です。

    このような精神は明治、大正、昭和と時代が移るにつれ、物質主義が浸透し、あまり、かえりみられなくなってしまいました。また、政治的あるいは国家的な、精神的誘導により、日本人が心の奥底で大切にしていた精神性はしだいに、物質的なものにすり変えられていきました。

        多くの場合、現代において、日本人が従来、大切にしていた、謙虚さは、自己の利益を優先して、「他者の困窮を見て見ぬふりをする」偽善にすりかえられ、かつては、正しい義のためには、命をもかけて抗議した勇気は、集団化による利益の保護のために弱い少数の人々を無視するというような、精神的に脆弱なものと化してしまいました。 

    多くの現代の日本人からは遠く離れてしまいましたが、精神の奥底では、いまだに憧憬している、義、仁、礼、勇、智などの正義を愛する心が、杉原千畝において、光を放ち、第2次世界大戦中、外交官という、特殊な立場において現されました。

      1930年代後半、日本は、共産主義勢力やソ連に対抗するため、ドイツと日独防共協定(1936年)を結ぶなど、ドイツよりになっていました。杉原千畝は、このようななか、第2次世界大戦勃発直前の1939年7月、外務省より、リトアニアの、在カウナス領事代理に任命され、8月28日に、カウナスに着任しました。千畝の主な役割は、ビザ発行ではなく、日本軍のため、この地域の様子や、ドイツのソ連に対する侵攻の準備に関する情報を偵察することでした。

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